2017年6月から無職です。

森内美実 (旧ペンネーム:浅井つくえ)

ぐちゃぐちゃの中にいます。

昔から占いが好きでした。

 

自分が知らない自分のいいところを、見出してもらえるような気がして。

皆んなに分かってもらえない自分のことを、分かってもらえる気がして。

 

そして、自分の信じた道を、後押ししてくれるような言葉を探して。

 

私はいつも占いを見ていた。

 

 

昨日見た占いには、「今世では自立がテーマ」とあって。

「家族という狭い世界で愛を注ぐことは得意だけれど、それだけでは物足りなくて。コツコツ積み重ねて、広く外に出て行く、大きく社会に影響する。そんな人生を選び始めると全てが上手く回り出す。」みたいな。

 

 

納得ですよ、全く。

 

穏やかに生きたい気持ちと、自分を世界に示して生きたい気持ちと。

自分の二面性で、いつももがいてきた。

 

少し創り上げた世界を、自分で破壊してしまうことが何度もあって、それでも創ることを諦められなくて。

 

 

そんな朝。

 

浅井つくえです。

 

今日も出勤前のスターバックスから。

 

 

今週中に、目処が立つらしい。

 

「私がいつ会社を辞められるか」の目処。

 

1年続けて、辞めるはすだったんだけど、話はコロコロ変わるのね。

このさい、いつでもいいよと思っているので、いちいち気にしないけれど。

 

多分、あと数ヶ月だろうな。

 

このブログのタイトル、変えないとな。笑

 

 

あと1年「経つ前に」無職です!笑

 

 

何をしようかは考え中。

いろいろ思い描いてるの。

 

ギリギリまで、ぐちゃぐちゃにかき乱して、最後の最後に、「これだ」ってものが出てくるの。それが、私の好きな決め方。

 

初めから、「いつまでに決める」とか、「どう決める」とか、そういうのは苦手で。

 

気分とか、流れとか、あるでしょ。

 

だから、そのときが来たら、おのずと決まるだろうと、腹をくくっている。

 

 

何も怖くない。

 

 

今日は、「何も怖くない。」と思うようになった話をしよう。

 

 

小学校のとき。人生が嫌で死にたかったとき。ひっそりと、一人のときに、包丁を胸に向けた。

 

そのときに、私が何を感じたかというと、「怖かった」んだよね。

 

自分で、向けているだけだから、いつだって下ろせる包丁なのに、それでも、命の終わりが数センチ先にあると思ったら、怖かったんだよ。

 

 

だから、そのとき、「生きてるんだな」って思った。

 

「生きなきゃ」とか「生きるべき」とか「生きたい」とかじゃなくて。

 

ああ、私は今生きていて、

理由とか意味とかは分からないけれど、

命が脅かされると怖くて、

つまり、続いていくはずの命がここにあって。

 

 

無理に死んだりすることは、

とても不自然で、

この命が続く限り、

ただ生きていくことが自然なんだな、

って。そう思ったの。

 

 

だから、生きてる。

あれから、何年だろう。

 

でも、あのとき、「死んだ」ことにしていて。

だから、どんな人生でもまあいいか、と思える。

 

だから、「何も怖くない。」

どうせ、もともと終わっていたはずの命だったから。

 

 

でも、驚くほどに生きてるよ。

 

 

そんな朝。

 

私はただ生きているし、

あれからたくさんの人に出会った。

 

なぜか「死にたい」と語る人にたくさん出会った。

話を聞いて、「死ねば?」と答えたことがある。

それを聞いて、相手は、感動して泣いていた。「死にたい気持ちをそのまま、受け入れて、認めてくれる人がいなかったから。すごく嬉しい。生きていきたい。」みたいなことを言っていた。

 

私はただ、その人の話をそのまま聞いて、その気持ちを一緒に味わおうとして、それで私が思ったことを伝えただけだった。

そういうときに、「死なないで!」と言うか「死ねば?」と言うか、どちらの言葉も、相手の命を揺らがせるだけの重みを持つ。

でもそれはいつだって、誰にかける言葉だってそうで。

 

 

何気ないちょっとした一言で相手が死んでしまうこともあるし、考え抜いた善良な思いやりでも相手が死んでしまうこともあると思う。

 

だから、私は、どんな対話にもリスクがあることを理解した上で、だからこそ私は、いつも全力で、「本当に思ったこと」を言いたいと思う。

 

それしかできないし、それが最高だって、信じてる。

 

 

あの人は、まだ生きているだろうか。

そう思う人が、いっぱいいて。

 

でも、同時に、どんな今だとしても、その人の人生だから、素敵なものだと思う。

 

 

それから、私が生きてくるために、いろんなタイミングで、いろんなパワーをもらってきた。

 

だから、私は、私が今生きているんだと思う。

 

なので、私は、「生きる力を与えられる存在でありたい。」と人生のテーマを思うようになった。

 

求めていない人に与えるつもりはないし、生きる力を欲しくない人はそれでいいと思うんだけど。

 

「本当は」生きる力が欲しくて、誰か一人でも話を聞いてくれたら、っていう人が、「ここがあって良かった。」って思えるような、そんな場所を作りたい。

そんな存在になりたい。

 

 

 

今は、身近な友達や家族の話を聞くだけだけど、ニーズがあるなら、もう少し広く、私もできる気がしている。

 

 

今日は長く書いた。

 

結局、ここの部分は、ずっと変わっていない。

 

近いうちに、仲間が見つかるような気がしているので、皆んなで実現していきます。

 

 

小寒い朝です。

浅井つくえ