2017年6月から無職です。

森内美実 (旧ペンネーム:浅井つくえ)

消えそうな想いは消えないです。

ふわりと晴れた柔らかな朝。

 

今日は営業先に直行なので、いつもと違うカフェから。

 

浅井つくえです。

 

 

とうとう、約束の4月末なので、

私が今の会社を辞める時期の目処を、

社長から聞けるのではないでしょうか。

 

 

 

そして、明日からはゴールデンウィーク9連休ね。

 

何かを、生み出そうと思います。

9日のうちに、何かを。

 

手芸のようなもので、何かを作るのでもいいし。

ホームページを一つ、立ち上げるのもいいな。

 

 

ホームページだとしたら、

「浅井つくえ 生き延びるための哲学」

とかにしようかな。笑

 

 

昔から、事実をそのまま描くのが苦手でした。

運動会の思い出を作文する課題なのに、ついファンタジーチックにしてしまうというか、頭の中の出来事を書きたくて、「天使と悪魔」が出てくる作文を書いたことは、よく覚えてる。

 

ついつい、装飾してしまう、というか。

本当にあったことがどう、というより、私が伝えたいメッセージを盛り込みたいだけであって。

 

こんな「書きグセ」のおかげで、これまで何度も戸惑ったことがありました。

 

 

その一つ、中学校の卒業式のとき。

 

私は、ありがたいことに、「卒業生総代」に選んでいただいて、答辞を読むことになったんですね。

 

担当の先生から、昨年度の答辞を「お手本」としてもらい、それをもとに、私が作文すると。

 

原稿用紙にして、約10枚分。ゆっくり読んで、10分くらい。というのが例年のことのようですが。

 

結局私は、原稿用紙15枚分、約15分の超大作を仕上げたわけですが。

 

 

そこに至るまでの、ちょっとした色々を、この前ふと、思い出したのであります。

 

 

私が自分で書いたドラフトを、その担当の先生に提出して、まあ、多分最低限の誤字脱字とかを直されて、いざリハーサルへ。

 

リハーサルと言っても、会場で、担任の先生方5名くらいの前で、ただ私が読んでみるリハーサル。

 

 

ちゃんと読みましたよ。

 

で、問題はそのあと。

 

手直し会、みたいなのが始まってさ。笑

 

先生5人に囲まれて、ここはこうだ、あそこはこうだ、みたいな、修正指示の嵐よ。笑

 

 

例年までの答辞の内容と、ちょっと趣が違ったんですよね、多分。

 

「いつも出でくる、行事の羅列がないじゃないか!」みたいな修正指示ですね。

 

 

まあ、分かりますよ私も。

中学生って、もう十分な大人ですからね。

 

例年までと、「何かを変える」ことは、先生たちにとって、あまりメリットがなく、リスクばかりだったのでしょう。

 

私を思いやっての意見だったのかもしれません。

 

 

でも、でもさ。

 

その通りに全部直していたら、「私が」書いた意味がないじゃない?って。

 

(今になって思えば、「私の」卒業式ではないのだから、やっぱりそれで良かったのかもしれませんが。笑)

 

 

とにかく、私は嫌だったんですよ。

伝えたいメッセージを、伝えたかった。

行事の羅列は、アルバムを見れば分かることであって。私が読むからには、想いを語りたいってね。笑

 

 

というか、でも。

一応優等生だった私としてはさ、たくさん直されそうなことがショックだったし、やっぱり先生5人に囲まれて、悔しくて泣きそうだったよね。笑

 

 

で、多分、どうにか折り合いをつけて、(多分先生たちは納得いってなかった?)私の答辞は読まれることになった。

 

 

迎えた卒業生当日。

 

私は、リハーサルを終えてから当日まで、誰にも、その内容を聞かせることはしなかった。

 

どんな反応か、見てしまって、考えたくなかったから。

もう、このまま読むぞ、と決めていたから。

 

 

 

それで、読んだ。

15分くらい、がっつり。

 

たしか、一回くらい、噛んだ。

でも、ちゃんと読んだ。

 

答辞ってね、観客の方じゃなくて、正面側向かって読むの。

だから、私が読んでいる最中は、観客は後ろにいるから、全く様子が分からない。

どんな雰囲気で聞いているのか、分からない。

だから、逆に緊張もせず、堂々と読んだ気がする。

 

それで、読み切って。

はあ、終わった、と思って、振り返った。

 

 

 

そのとき。

 

 

 

 

今でも忘れないよ。

 

 

 

たくさんの人が泣いていた。

 

 

同級生や、その保護者とか、後輩とか、先生たちも。

 

 

 

途中で聞こえてた、鼻をすする音は、てっきり花粉症だと思ってたんだけど、違くて。

 

序盤からみんな、感動で泣いていたらしい。

 

 

 

それから、その日が終わるまでは、私はとにかくたくさんの人に褒められた。

 

「道徳の教科書に載せた方がいい」とか、

「数十年教師をやっているけど、こんな素晴らしい答辞は初めてだ」とか。

 

 

リハーサルのとき、

コテンパンにしてきた先生たちからも、

 

「当日、あの場であなたの口から読まれて、とても良いものだった」って。

 

 

で、後日。

「あのリハーサルのときは、寄ってたかって悪いことをした」って、わざわざ自宅に謝罪の手紙を送ってくれた先生もいた。

 

 

 

かくして、あの卒業式は、

私の人生において、

多分最もたくさんの人に褒められた日となった。

 

 

けれど。

私の心は、複雑だった。

 

 

 

もちろん、とても嬉しくて、誇らしくて、少し「ざまあみろ」感もあったのだけれど。でも。

 

 

こうやって、「今までとは違う」「周りとは違う」ことが、認められにくい、

「世に出る前に消されやすい」社会を、

 

思った。

 

 

切なかった。

 

だから、それからずっと、

私は「書いている」のだと思う。

 

 

その後の人生において、

いつだって、私のターニングポイントは、「書く」ことが絡んでいる。

 

 

認められて嬉しいのも、

褒められて嬉しいのも、

一番は、文章だと思う。

 

 

このブログも、きっと、

よく分からない文章だと思うけれど。

 

テーマもフラフラだし、

めちゃめちゃなところもいっぱいあるけれど、でも。

 

心に正直に書くことだけは、

ちゃんと守ってる。

 

 

今日もいっぱい書いたね。笑

 

 

柔らかだったら朝の空気が、少ししっかりしてきて、ゴールデンウィーク特有の、爽やかな暖かさですよ。

 

浅井つくえ