2017年6月から無職です。

森内美実 (旧ペンネーム:浅井つくえ)

人生って障害物競走じゃなくて、ハイキングでもいいんじゃないかと思った話を語ります。

浅井つくえです。

 

 

月曜日の朝です。

 

昨日と一昨日、つまり5月の最後の土日は、

新しく住み始めるお家の契約と、お引越しをしていました。

 

 

まだ、いくつか手続きが残っているので、

今日は実家に帰りますが、明日5月30日から、

新しいお家で眠ります。

 

 

さて、

そんなこんなでこの土日は、あまりアウトプットをせず、

ただ目に入ってくる情報を、自分の中にあるものと

照らし合わせて、考えていました。

 

 

そこで、一つ「人生って何だろう?」というテーマの

「どんな風に人生を歩みたいのか」という問いに

答えが見えてきたので語ります。

 

 

 

結論から言いますね。

 

「障害物競走ではなく、自由にハイキングをしていたい。」

ということです。

 

 

障害物競走、、、

運動会で、参加した覚えがあるかと思いますが、

 

スタートがあって、ゴールがあって、

そのルートは決められていて。

 

誰かが用意してくれたコースを、

皆んなで一緒になって、走る。

 

 

よじ登らないといけない壁があったり、

足が濡れちゃう水たまりがあったり、

這いつくばらないと進めない網があったり、

 

 

 

それで、そうやって、

一つ一つ「大変なこと」をこなして、

ゴールについたと思ったら、

もう先にゴールしている人がいたり。

 

やっと終わったと思ったら、

次のレースが始まりそうで、

また参加することになったり。

 

 

あああああああああああ、

 

ちょっと待ってよ、

私、これ、どこまで行くの?

誰と競っていて、

誰に評価されて、

どうなりたいの?

 

 

はて。

 

 

でも、また、

鳴るんですね。

 

スタートのピストルが。

 

 

よーい、ドンって。

 

 

あああああ、行かないと。

 

皆んな、行っちゃったよ。

 

周りの人も、応援してくれているみたいだし。

 

行かないと。

ここで、立ち止まっていたら、

もう、二度と、進めなくなりそうだから。

 

 

行かないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

っていう、人生でした。私。

 

幼稚園に入って、

小学校に入って、

中学校に入って、

高校に入って、

大学に入って、

就職して、

転職して、

 

 

 

で?

 

この障害物競走は、いつまで続くの?

 

死ぬまで?

 

 

いつ死ぬの?

分からない。

 

 

ずっと、目の前にある「嫌なこと」を

こなしていれば、

いつかは、華麗にゴールテープを切って、

その先に、「もう走らなくていい楽園」が

あるんじゃないかって。

 

 

どこかで思っていたけれど、

そんな楽園は現れそうになくて。

 

 

たまに見つける「他人の楽園」は、

やっぱり、あくまで「他人の楽園」で。

 

 

その楽園に、たまに、ちょっとお邪魔をしても、

結局私は私の、障害物競走のコースから、

離れることはできなかった。

 

 

 

それで、そうして。

 

私は、やめた。

 

 

障害物競走を走り続けることを、諦めた。

 

 

いつか、貰えるかもしれない

「優勝の金メダル」はもう諦めた。

 

 

そして実は、「優勝の金メダル」なんてものはなくて、

そもそもその「優勝の金メダル」なんて、

そんなに欲しくもなかったんじゃないかっていう気がしている。今。

 

 

 

 

こんな風に、

障害物競走を今、あなたが走っているとして。

 

それで、きっと気になることは、

「じゃあ、このレースからおりたらどうなるの?」

 

っていうことだと思うのだけれど。

 

 

 

私は、先週の有休消化期間の1週間、新宿を彷徨い続けて、

六本木や品川も巡ってみて、

一つ。

 

 

「ハイキングをしよう」と思った。

 

 

 

ハイキングというのは、

オリエンテーリングや登山と違って、

明確な目的がない。

正確に言うと、目的というか、目標がない。

 

「ここのチェックポイントを通過しなくてはならない」とか

「この山の頂上についたらOK」とか

そういうことじゃなくて。

 

 

ただ、そこを「歩く」ことが目的であって、

その、歩いている中で「行きたい、見たい、感じたい」と

思った方向にただ進んでみることで、都度、目標を達成していくイメージです。

 

 

このブログを読んでいるあなたは、

とくに目的地を決めずに一日中、街を彷徨い歩いたことがありますか?

 

 

瞬間瞬間に、自分の心に浮かぶ

「あ、あそこに行ってみようかな」

「そういえば、あれ見てみたいな」

をそのままやってみる1日を体験したことがありますか。

 

 

私は、これまで、

会社がお休みの土日に、それをやっていたようでいて、

実はちょっと違った。

 

 

「あ、あそこに行ってみようかな(会社のあの仕事に役立ちそうだから)」

とか

「そういえば、あれ見てみたいな(仕事のあの先輩が言っていたから)」

みたいに、

 

「誰か」「何か」の思惑があって、

そうしていただけでさ。

 

 

 

つまりは、「どうにか上手く早く障害物競走をゴールするため」の

選択ばかりしていた気がする。

 

 

 

それがどうだい。

会社をやめてさ、「優勝の金メダル」を貰うことを諦めたら、

もう、どうでもよくなっちゃって。

 

 

ただ、今、この道を歩くことを楽しむ、という感覚が分かってきた。

 

 

歩いた先に何があるから、とかじゃないし、

どんな風に歩いたから後で何かがあるだろう、とかじゃなくて、

 

ただ、今、ここでこの道を歩いていることに、

満足できた。

 

 

 

 

****

この感覚を、言葉にしたくて、

探していたら、見つけたのが、

 

「障害物競走」と「ハイキング」という比喩でした。

 

 

 

そういえば私は、お花畑が好きだし、爽やかな風が好きだし、

柔らかな太陽の光が、とても好きだった。

 

 

ただ歩いているだけで、本当はとても楽しかった。

 

 

 

そんなことを、思い出した。

 

 

 

****

これが、私の人生観。

 

 

「歩いているだけで楽しめる道を歩こう」と思う。

 

 

「歩いてきた道を理由もなく誇れる人でいたい」とも思う。

 

 

そして、これから

 

「歩いていく道をその時々で選べる状態でありたい」と強く思う。

 

 

 

この、最後の「道をその時々で選べる状態」っていうのが、

俗に言う「自由」だと私は思う。

 

 

 

目の前にある壁や水たまりや網を、

ただ「仕方なく」進むのではなくて、

進まない選択や、それでもやっぱり進んでみたいという選択ももちろんできて。

 

お花畑があったら立ち止まったり、爽やかな風が吹いたらそれを感じたり、

柔らかな太陽にほろっと笑顔を見せられるような、そんな毎日にしたいと思う。

 

 

 

 

難しいのかな。

どう思う?

 

 

たしかに、大きく違うとは思うんだ。

 

「障害物競走」と「ハイキング」は。

 

だけど、できないことはないって、思っていて。

 

 

 

理由は、理由は簡単で。

 

 

あなたも一度くらいは、ハイキングを楽しんだことがあるでしょう?と。

 

 

 

小さい頃とか、ただ夢中になって遊んでいたときとか。

 

「ハイキング」みたいなことを、したことがありませんか?

 

 

 

きっと、あると思うんですよ。

 

逆に、本当にこれを全く体験したことがない人は、

きっと、「ハイキング」に憧れたりはしないと思うから、

ここまで読んで、「意外とハイキングいいかもな〜」と

思った人は、したことがあるんだと思う。

 

 

 

****

と、そんなことで。

 

私はこれから、ハイキング的人生を歩んでいこうと思っています。

 

 

 

一人で行っても楽しくて、

誰かと会っても楽しくて、

ご飯を食べてもいいし、

困ったらヒッチハイクをしてもいいし、

 

雨が降ったら雨宿りをして、

日差しが暑すぎたら水浴びをして、

 

そうして、

ただ「歩いていることを楽しめる」自分がいたら、

きっと、それが幸せなんだと私は思う。

 

 

 

****

これが今のところの私の、

「生きている感覚の掴み方」だったりもする。

 

 

自分で、この道を選んで、

この野原を歩いている、という感覚が、

何よりの「生きている」感である。

 

 

ということで今日も、

ちょっくらハイキングしてきます。

 

5月の終わりに名残惜しさを抱く、

緑の光のお天気の日に。

 

浅井つくえ

 

 

*浅井つくえは、森内美実のペンネームです。

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